私の中の「日本人」

日本国外に長く住んでいるとアメリカナイズなるものがおきまして、「ずっと日本に住んでいた場合の自分」と少なからずも距離が出てきてしまいます(実存しない「たらればセルフ」は想像しづらいけどね)。生粋の日本人とも、距離を感じてしまったりして。自分はちょっと違う、なんて。考えてみれば、おかしな事かもしれませんけど、そんな頃もあったなぁ(遠い目)。私の知り合いにも「自分は “ex-Japanese”だ」なんて言ってる人もいましたし(「元日本人」ってのも不思議なコトバ)。アメリカに住んでしばらくになる日本人の生徒に「おはよう!」って声かけても “Good morning!”って返ってきたり。「やっと周りのアメリカ人の友達と同化したのに、『外国人です』ってカミングアウトするようで嫌」なんだってさ。まぁ、わかりますけどね。かく云う私も、アメリカから日本に帰っても、成田空港内までは日本人とぶつかった時、“Excuse me.”だった頃もあったしね。リムジンバスの中で、徐々に日本人に戻るがごとく。こういうのって、意識的な場合もあるし、無意識に距離を置いてしまう事だってあるでしょう。数年前は、私もこんな詩書いてましたから。

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ねむの木学園の展覧会

先週教会で「ねむの木学園の展覧会をやっているから、ぜひ行ったらいいですよ!」と勧められたので、今日行ってきました!(正確には昨日ですが)ホントに行って良かった・・・正直、こんなに感動するとは思ってなかった。(8/14までなので、東京に住んでる人は、東京都現代美術館へGO!)

これまでにも沢山の美術館や展覧会に行き、有名な画家の絵も見てきましたが、こんなに泣けた事はなかったな。月並みな表現ですが、心が洗われた思いです。ねむの木学園とは、女優の宮城まり子さんが設立した日本で最初の肢体不自由児療護施設で、そこの子たちが精一杯、心一杯暮らし、絵を描いたり、歌ったりして生きているのです。彼らが歌うコーラスも聞きましたが、これも涙なしには聞けなかった・・・絵も歌も邪心がなくて、素直で、まっすぐに心にぶつかってくるんです。歌の終わった後、一緒に行った母が「心の清い人たちは幸いである、って本当ねぇ。」とつぶやいていました。

実は、小学生の頃にもねむの木学園の展覧会を見に行ったことがあったのですが、今日は20年ほどぶりに、同じ子が描いた同じ絵に、再び会う事が出来ました。その後20年間その子が描いてきた絵もあり、それらも素晴しかったです。成長したんだな・・・子どもだった私は「体の不自由な子が、こんな絵を描いてすごいな」くらいにしか感じなかったのですが、今日は生の人間が丸裸でぶつかってくるような、ものすごい衝撃でした。

わたしたちは
造形の神のたまわれた試練を
恩恵とうけとり
あらゆる困難にたえ
楽しく 強く そしてたよることなく
やさしく あくまでもやさしく
感謝し 物事に対処し
根気よく 自分の造形に挑戦したい
心おどるであろう
これがわたしたちのやったことだと

これはまり子さんが書いたモットーで、こども達が朝に唱えているらしい。こういう教育ってすごいですね。こどもから才能を引き出すという事。知識を詰め込むだけではなく、人並みに物を考える事を教えるだけではなく。私は生涯忘れないでしょう。

英語力習得山あり谷あり(その3)

苦労と英語習得は比例するかも、と申しましたが、楽しくなけりゃ英語は覚えない!というのもまた真実なり、です。脳味噌はあんまり苦痛が多いとベストの能力を発揮できない、楽しく学んだ方が身によく付く、らしい(苦労と苦痛は違うのです)。アメリカの教育界では、

“education” + “entertainment” = “edutainment”
「教育」+「エンターテイメント」+「エジュテイメント」

という造語があるくらい。(”No pain, no gain”と矛盾するって?まぁ、続きを読んでくだされ。)

アメリカの小学校では “Running Record” という生徒の読書レベルを測るシステムがあります。例えば、日本の小学校2年生の国語の教科書にも出てくるかえるくんとがまくんの「お手紙」は、英語の原書だと「レベル1.4」、つまりアメリカ現地校の小学1年生4ヶ月レベルの内容ということ(参考までに、1年生レベルの本のリスト “Accelerated Reader List” をどうぞ)。先生は「この子はこのくらいのレベルかな?」という本の約1ページ分を個別に音読させて、音読力と読解力をチェックをします。

音読の正確度94%以上:読解もばっちり= “Independent Level”「1人で読めますレベル」(次のレベルの本に進む)
音読の正確度90~94%:理解もだいたいOK= “Instructional Level”「学習にぴったりレベル」(今のあなたのレベル)
音読の正確度90%以下:理解もあやふや= “Frustration Level”「ちょっと無理レベル」(下のレベルの本に戻る)

1〜2ヶ月に一度、このチェックを個別に行い、ちょうどいい「今のあなたのレベル」を見つけて、読書レベルの遍歴を記録してあげるのが、先生のお役目です。慣れてくると最初の1冊で「やっぱり、これくらいがピッタリね!」とこのレベルの本を選ぶことができますが、私も慣れない頃は延々と子どもに読ませて、「おぉ〜、まだまだイケルね〜、はい次!」(心の中では「ごめんね!」)なんてやってました。だって、90~94%って幅が狭いでしょ、微妙なレベルですよ、これは。すらすらでもつっかえつっかえでもなく、全体的な話の理解を損なわない程度にところどころ「?」な言葉や文があるレベル。でも、これくらいのレベルの本をたっくさ〜ん読むのが脳には一番効果的、らしいのです。

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英語力習得山あり谷あり(その2)

さて前回の続きです。”sink or swim”だった人間が、死にものぐるいじゃなくても、ぷかぷか浮かべるようになってからのお話。 3~4年経ってくると、(人によって時期が違うでしょうが)「結構自分も英語に不自由しなくなったもんだな。」とか「なーんだ、英語ができれば今まで大変と思ってた勉強って案外簡単じゃん?」とか感じられる時期がやって来るかもしれません。「英語で頑張ってる自分」を意識しなくなり、なんだか楽になってくる時期があります。社交面でも成績面でも、や〜っと本領発揮!できる。 ところがここで力を抜いちゃいけないんです。ここからが本当の努力の始まり始まり~!(私はここで調子こいて、数年分損したと思います、ハイ。)日常でも、学校でも、仕事でも、交友関係でも英語で困らない、そういうレベルに達した事は喜ぶべきことです、自分で自分を褒めてあげましょう!(これも古いよね)が、ここでサバイバルの辛さ、苦しさ、悔しさのバネがない分、必然性を感じなくなり、中だるみする危険性大!大河ドラマだって中だるみするんだから。(関係ない?)ここで自分の持っている英語力はドライアイス程度という認識を持ち、水面下の英語力を蓄える努力に切り替える人が、その次のレベルに行ける人、なんです。(ドライアイス程度って何?という方は、「話せる・聞ける英語の勉強法2」をお読みください。)

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具体的には、普段接しない英語に触れるために、様々な媒体(通常守備範囲外の読み物、人、メディアとか)に積極的に接して新たな単語、表現、そして文化を吸収し(インプット)、会話や文章の中でそれらを活用して意識的にアウトプットする、など。自分のcomfort zone(居心地のいい場所)から一歩も二歩も出て動き回って、常にチャレンジ精神と初心を忘れずに!かな。なーんて実はコレ、自分に言い聞かせてるんですけどね。さぁみんなも次のレベルに行ってみよー!と景気がついたところで続きは、また今度

英語力習得山あり谷あり(その1)

今日は、英語圏における英語力習得のお話です。(あくまで私的経験談ですが。)(私の元生徒は必読!?)

実は、日本にいた頃は英語は苦手な方でした。っていうかはっきり言って嫌いだった(国語は好きでしたが)。じゃあどうしていきなりカナダの高校に行ったのかって?それはまた別の長~いお話なのですよ(またいつかゆっくりしましょう)。とにかく、中学の頃の英語の成績はあんまりよくなかったし、スペル覚えたり、和訳/英訳しながら教科書の話を学ぶのがおもしろくなかったのです(←このやり方は「文法訳読教授法」Grammar-Translation Method)。年に一度の英語劇は好きだったけどね。しかしなにがどうしたことか、英語で24時間戦えますか~(古い?)の世界に入ってしまったのである(←これは「サブマージョン」submersion)。

一年目は泣きましたね〜。この負けず嫌い&泣き嫌いの私も、クローゼットで隠れて泣いとりました。「こんなはずじゃなかった...」とか「このくらいの事、私だって日本でだったら簡単に出来るわ!」と悔しいやら情けないやら。経験者には分かるでしょう、この気持ち。おしゃべりで黙ってられないティーンエイジャーだった私は(今もそうか)、くだらないことなら英語(+手振り身振り+効果音)で伝えられるようになったけど、おバカに見られてあんまりマジメに向き合ってもらえてない気がしたり。「ジャパニーズ・ブロンド」とか呼ばれてさぁ(怒)(ま、日本でもおバカでしたが)。友達と笑いながら話してても、心の底では「こんなんでいいのか?」って思ってたり。でもよく考えると、これは外国人相手だからではなく、誰が相手でも感じてたんですよね。思春期におけるアンネ・フランク状態、とでもいうのでしょうか。(「最後の日の日記参照」)本当の自分をわかってもらうのって難しい。いや、表も裏も含めて「本当の自分」なんですけどね。

しかし振り返ってみると、始めの1~2年のコトバの吸収力は大したもの。私がこれまで見てきたESL生徒も、この頃の伸びが一番大きいようです。苦労と英語習得は比例するかも? “No pain, no gain” ってやつですか。溺れないように必死!だからかな。これが “sink or swim”.(でも個人差大きいです。「沈むか、泳ぐか」的環境が向かない人もいる。性格的なもの、もとの国語力、ヤル気の違いもある)。でも、始めから「どうせ英語だからわかんない」「こんなん無理」とか投げちゃって、「英語で頑張らなきゃいけない自分は可哀想」というような悲観的&被害者的感覚は持たない方がいい。そう思ってしまいがちですけどね。現地校のモノサシですぐには測られないその努力も今の君を伸ばしてくれていて、いつかは表れ出てくるよ!でも、思い通りにいかない自分を追い込み過ぎるのもキツくなる。要はバランス。言うのは簡単ですがこれは経験で覚えるしかない。ヨチヨチ歩きでこけちゃうこともある自分だけの英語力習得山あり谷あり体験を、客観的に見て楽しむ余裕も必要、かな。何事にも客観性は大事ですよね。後になると笑える事も多いけど、それを今のうちから笑えるのも才能のうち!?

夏休みでしばらく生徒と接していないせいか、妙に説教じみてしまったかな?なんか精神論みたいになっちゃいました。具体的に役立つ英語力習得法もぼちぼち載せていきますからね!次回は「英語が楽になってきたかな」という段階についてのお話です。お楽しみに...

The Very First Leaf

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“Sanctuary in the Woods” I painted in college.

“In the beginning was the Word,
and the Word was with God,
and the Word was God.
The Word became flesh and
made his dwelling among us.”  John 1:1,14

I am in love with words.
First of all, the best is Word made flesh, which is Jesus,
and words in Scripture, of course.
I also love everyday words we use,
learning and teaching different languages,
studying linguistics,
and afterglow of words which is not actually words…

I am so thankful I’m born a human
who has to deal with the languages
(although I’m not 100% perfect in either English or Japanese).
(So this blog is my attempt to improve both languages.)

Therefore, I want to share leaves here one by one,
as a Christian, an English teacher, a poetry lover, and as a friend
with whom I met in my life at schools, churches, work place
and other places, including this blog here.

I hope that you can enjoy the leaves,
winds rustling through them,
and sunshine pouring through them.
(That’s kind of like trinity, isn’t it?)

Anyways, here’s a fresh poem just for this blog!

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はじめましての言の葉

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大学生の頃に描いた「森の中のサンクチュアリ」

「始めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
…そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。」 ヨハネ1:1,14

私は言葉が大好きです。
一番なのは、始めにあった言(イエス・キリスト)、
そして、聖書の御言葉はもちろん、
普段使っている言葉、
言葉を学ぶことと教えること、
言語学を学ぶことや、
言葉そのものではない、言葉が醸し出す余韻など・・・

あ〜、言葉を使う人間に生まれてきてよかった!
(と言いつつ、日本語も英語もちょっと怪しい私。)
(だからこそ、このブログで日本語力も英語力もあげたい!)

そんな訳で、これまでの私の人生の中 ー 学校や、教会や、職場、
またこのブログを含めたさまざまな場所で出会った皆さんに
クリスチャンとして、英語教師として、詩の愛好家として、また友人として
少しずつ、ここの葉をシェアしていきたいと思います。
葉も風も木漏れ日も(コレって三位一体)感じて頂ければ嬉しいです。

では、このブログのための書き下ろしの詩をまずひとつ。

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