中間言語を見くびるな!

長らくご無沙汰しておりました… しばらく「言の葉ひらひら」に新しい葉をつけずにいてごめんなさい。只今ミシガンは紅葉で美しい葉がひらひらと舞っていますが、このブログの10月の木はすでに丸坊主になっておりましたね。新葉をつけなきゃ、それが育つ事も、染まる事も、舞う事も、土に還る事もないのに、困ったものです。季節は冬へと変わっても、ここの葉はつけ続けたいな。

さて、勉強に、仕事に、片付けに、社交活動に忙しくしている私の毎日ですが、最近、クラスで学んだ中で興味深かった事をひとつ紹介します。「人が外国語を学ぶ際、その人の母国語の発音や文法などが外国語を習得する際に邪魔になる」と昔は考えられていたのですが、母国語から外国語への橋渡し的な「中間言語」が存在すると最近考えられるようになったそうです。それはいわゆるジャパニーズアメリカンとかスパングリッシュといわれるものにあたるかな。ネイティブの人が聞くと、スタンダートな英語じゃないので「それ間違ってる!」と思われちゃいますが、彼らのモノサシによれば間違っていようとも、言語学習者の脳ミソの中で生まれた中間言語にはそれなりのロジックや一貫性があるってもんなのさ!ってことなんです。


たとえ文法として教わらなくても、新しい言語に沢山触れると脳は勝手にその言語の文法パターンを解明し、その言語を使おうとしますが、それが一気にネイティブレベルには届かない事から、中間言語が出来るというわけ。母国語が同じ人同士の中間言語は割と似る傾向があるとはいえ、それぞれの人の言語環境や思考回路の違いから、人それぞれのオリジナルな中間言語ができるのです。それに、中間言語は固定されたものじゃなくプロセスなんですよね。修正できるし、よりスタンダードな第二言語に進化できます!だから外国語を教える先生は、「それは間違ってる、これが正しい!」って教え方じゃなく、それぞれの生徒の中間言語を把握して理解して、そこからどうやってターゲットの言語に導くか、どんな段階を経たらいいのか、それを考えなきゃいけないんです。「間違ってるからダメ!」って決めつけないでね、先生。

きっと語学に限らず、こっち側にいる人が向こう側にいる人の考え方や状況が分からずに「それは間違い!」って簡単に決め付けてしまうことが多いんだろうな〜。でも、その人はそれなりの理由があってそうやって進んでいるんだよ、きっと。人を自分のモノサシですぐに裁いちゃいけないねぇ、と思いましたね。

とにかく、脳は持ち主が意識していなくても、何かを吸収し、理論づけ、試して実践しているなんてえらいぞ。(そして造り主はもっとえらい!)そんな人間をちゃんと理解しつつ、より正しい方向に導いてくれる誰かが、我々には皆必要ですね。

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