わたしが生まれてきた理由は、わたしが通った後に見えてくる

Scan 1

最近、「わたしが生まれてきた理由は子どもを産むためではないことは確かだ」というブログ記事を読みました。これを書いているのは、最近お知り合いになったイシワタキミさん。帰国子女で詩人、という共通点も相まって、お話ししてみると楽しくてとても素敵な方でした。詩もカッコイイし。きっと生き様もカッコイイんだろうな〜、と思っていたら、このブログ記事ですからね、惚れました(照)。

そこで、私も考えてみたんです。私が生まれてきた理由は何だろうって。私だっていつか子どもを産みたいと思っている。でも、私が生まれてきた理由は子どもを産むためではない。私だっていつか詩集を編みたいと思っている。でも、私が生まれてきた理由は詩集を編むためではない。私だっていつか絵本を・・・(以下、省略)

だったら私が生まれてきた理由って何?と考えて、キミさんに送った私の言葉は「私は私の人生を生きるために生まれてきた。」おおお、なかなかカッコイイな、我ながら。「でも、それってはっきりした目標がない人の言い訳っぽくね?」という脳内批判を軽くスルーしながら私が思うのは、「○○のために生まれてきた」はずなのに、その○○がもし出来なかったら、「私の人生なんだったの?」って泣き言いうことになるだろうと。でも、人生には個人の願望や目標以上の意味があるはず。例えば、子どもを産めずに明日死んだとする。詩集も出せずに明後日死んだとする(ミニ詩集なら出したけどね!絶賛販売中)。そこで私の人生、意味がなかったかといえば、そんなことはない。たとえ、子どもを産まず、詩集が編めなかったとしても、多くの愛すべき子ども達に出会わせてもらったし、不格好でも愛しいと思える詩を書いてきた。それでいいじゃないですか。金太郎飴は、途中で切れても金太郎飴のはず。そりゃあ、もっと生きて頑張って、願望や目標をカタチにしていきたいとは思ってますけどね。

Continue reading